3つの生命線 〜我那覇響のおのぼりさん珍道中〜


 またまた黒井社長の言いつけを破ってしまったわけだけど、いつまでもヘコんでいられなかったので早めに立ち直って活動を開始した。
 たどり着いたのは空まで届きそうな背の高い円柱みたいなビルが目印の六本木。
 あのお姉さんが選んだからという理由もあるけど、黒井社長が事務所の近くに新居も用意してくれたと言っていたので湾岸ルートには行かないことにした。
 人工島は工場とかのために作ることが多いって兄貴が言ってたから、家はそんなに無いんじゃないかって思ったのが理由。

「でもホントにココで合ってんのかなぁ」

 ベンチに腰掛けながらため息混じりの独り言が止らない。
 時折見かける観光案内マップに961プロの名前は無い。
 アイドルプロダクションの所在地が載っていたらファンが押しかけてくるに違いないので当然の処置なんだけど、今の自分に限っては『余計なお世話』だった。
 最初からTV局がどういう場所にあるか知ってたら貴音にも聞きようがあったのに。
 外に何が見えるのかーとか、送迎中の車の中から何が見えたかーとか。
 その貴音はと言うと携帯電話を持っていないので連絡が付かない。
 みのさんの番組通り、自分も生命線を使えるのは1回ずつらしい。
 逆に言えば1回ずつ必ず正解に近づくヒントを与えてくれる、はず。
 うん、きっと961プロはこの近くにある。
 何の確証も無いのだけど今は信じるしかないから探索を開始しよう。

「よーし、なんくるないさー!」
「あふぅ」

 気合を入れて立ち上がった直後、やる気の無い声にいきなり腰が砕ける。
 それはもう膝かっくんでも食らったかのように盛大に。
 どんがらがっしゃーんってコントじゃないと絶対ありえないコケかたをしそうになったぞ!

「天下の往来でやる気の無いため息しちゃダメなんだぞ!」

 そんなこといつ誰が決めたって聞かれたら、たった今自分が決めたって答える準備は出来てる。
 往来ではなくベンチだからと言われたら、どうしよう?

「すぅ……はふ」
「話を聞けー!」

 でもその準備は全く意味が無かった。
 互いに背を向けるようにして置かれたベンチの向こう側には横たわっている少女がいた。
 癖毛なのか寝癖なのか跳ねまくっている金髪の長い髪から、藁ホウキが頭に浮かんだ。
 そんなホウキ娘は東京の中でも多くの人が集まるであろうこの六本木で何をしているかと言うと。
 寝てた、気持ち良さそうに夢と現実の間を旅していた。 
 じゃあさっきの『あふぅ』はため息じゃなくてあくび? 変なあくびだなぁ。
 とにかく、こんな所で寝てたら何かと危ないし起こしてやるだけでもしてやろう。

「起きろホウキ娘ー」
「ミキはホウキなんかじゃないもん、むにゃむにゃ……」

 寝言で反応した。
 そんな芸当を出来る人を初めて見たのでちょっと面白かった。

「もう朝だぞー」
「あと5分だけ」

 朝方のベッドの上で繰り広げられる定番の問答をまさかこの場所でされるとは思わなかった。
 これはなかなか手ごわいぞ〜。
 どうすれば起きるかな? 単純に食べ物で釣ってみようかな?
 ここまで頑なに眠ってるんだから、そんな簡単なことで鉄壁のガードが崩れるはずは―――
 どうせダメもとだと思いつつ食べ切れなかった昼ごはんの残りを取り出す。

「早く起きないとこのポーク卵おにぎり食べちゃうぞー」
「おにぎり!? どこ、どこにあるの!?」
「うおっ!? びっくりしたー!」

 夢の中で崖から落ちた時みたいにビクっと体を動かして飛び上がったかと思うと、辺りをキョロキョロと見回し始める。
 目の色は冬眠明けの熊が旬を迎えた春の幸を探すような、捕食者のそれに近い。

「見つけたの!」

 視線の先には自分が持っているポーク卵おにぎり、沖縄で人気の定番アイテム。

「食べるか? 自分はお腹いっぱいだからあげるけど」
「良いの? じゃあ頂きまーす」

 ホウキ娘は手にかぶり付きそうな勢いでベンチを飛び越えて自分の手の中からおにぎりを分捕る。
 そして着地と同時に捕食の時間に入った。

「もぐもぐ」

 か、かわいい……!
 ハム蔵がヒマワリの種食べてる時と同じポーズしてる!
 それに、なんて美味しそうに食べるんだ!
 そんな嬉しそうに食べられたら他にも色々とあげたくなってきたぞ!

「なあ、他にも何かいるか? そうだ、沖縄名物のちんすこう食べるか? 美味いぞー」
「もぐもく。ん〜、いらない」

 即答!?
 その後も沖縄名産ラッシュで釣れないか試したみたけど、完食まで一心不乱にかぶりついているだけだった。
 食いしん坊なのかと思ったらちょっと違うみたいだ。

「ミキの好物はイチゴババロアとおにぎりなの。他のものは別に食べたいって思わないかな」
「そ、そうなんだ」

 と、食べ終わった所で先ほどの返答が返って来た。

「他にもおにぎり持ってない?」
「今ので最後だけど」
「そっか、残念」

 ここでしばし沈黙の時間。
 唐突に話題が途切れて自分は困ったんだけど彼女は全然気にしていないらしい。
 今度は何を探すわけでもなくまた辺りを見回し始める。

「えっと、自分はどうしたら良い?」
「ここどこ?」

 会話がまるでかみ合ってないぞ!?
 ていうか『ここどこ』って、まだ寝ぼけてんのかなこの子。

「ここどこって、六本木っていう街だよ」

 自分の話題は無視されただけど一応答えてあげる。
 固有名詞は分からないからどのビルの東側にいるとか言えずにぼやけた感じだけど。

「あれ〜、ミキ、961プロに行くはずだったのになんでそんな所にいるの?」
「自分がそんなの知るはずが、って今961プロって言った!?」

 思わぬところから思わぬ名前が出てきたので興奮が隠せなかった。
 さっきまで眠っていた人間が目的地にたどり着けるわけがないって言う常識なんかほっぽりだして。

「うん、だってミキは961プロのプロジェクト、なんだっけ忘れちゃった」
「もしかしてPloject Fairlyのことなのか?」
「そうそう、黒井社長にその『プロジェクトフェアリー』? にスカウトされたの」
「おー! 偶然だね! 自分もProject Fairlyのメンバーだよ!」
「ふーん、そうなんだ」

 アホっぽい言動が目立っていたから気にしてなかったけど、言われてみれば確かに可愛い。
 スタイルだって良いしオーディションだったらビジュアルアピールがとても高そう。
 ま、カンペキな自分ほどじゃないけどね。

「自分、Ploject Fiarlyの我那覇響、これからよろしく!」
「星井美希、中二なの。これからよろしく。あふぅ」
「全然嬉しくなさそうなんだけど!」

 さっきから思ってたことだけどすっごくマイペースでやる気が無さそうな子だなぁ。
 人の話を聞いて無いっていうか、聞いてるけど頭を素通りしてるっていうか。
 961プロは本気でトップアイドルを目指すための事務所なのにこの調子でやっていけるのかな。

「それじゃあ自己紹介も終わったしそろそろ961プロに帰ろうかな」
「あ、それじゃあ自分もついてっても良い? 
 沖縄から出て来たばっかりで961プロの場所が分からなかったんだよね」
「いいよー」

 『道案内を頼む』の生命線を使うつもりは無かったけど、同期の美希なら黒井社長との約束を破ったことにはならない。
 どうせこれでゴール出来るだろうしパーッと使っちゃおう。

「それじゃあ961プロに向けてしゅっぱーつ!」
「響、ちょっとウルサイの」

 そして自分と美希は歩き出す。
 道中では意外にも美希の方から話を振ってきて、自分は相槌を打つことが多かった。
 ネタになるのは前にいた事務所の『千早さん』っていう人の事とか、その人のプロデューサーのことばかりで分からないことも多かったけど。
 話をしている時の美希は本当に活き活きしていて、笑顔になったり泣き顔になったりする様子は一流女優のように舞台映えするものだったと思う。
 そうして中心部からどんどん離れていった自分達は雑居ビルが並ぶ界隈を進んでいき―――

「美希? 美希なのね? やっとここに戻ってくる気になったのね」
「あ、間違えてこっち来ちゃった……」
「えー!?」 

 いつの間にか、その『前の事務所』の下まで戻ってきていた。

「響、今すぐ逃げるの! ここは最低の高木社長がいる765プロなの!」
「美希の前の事務所って765プロだったのか!?」

 美希の話から意図的にプロダクション名が外されていたから初めて聞いた話だった。
 そういえばビルの窓に「765」ってガムテープが貼ってあるな。
 って冷静に考えている場合じゃないぞこれは!
 ここがあの悪名高い765プロならあの窓から変態プロデューサー達が飛び降りてくるかもしれない。
 うわ、鳥肌立ってきた!

「ま、待ちなさい、美希!」
「待てって言われて待つ人はいないの!
 それじゃあね、プロデューサーに大好きだって伝えておいてね!」
「そ、そういうことは自分で、って待ちなさい!」
「自分を置いていくなー! 待ってよ美希ー!」

 呼び止めた女の人が真っ赤になってる隙に美希が駆け出していく。
 いきなり置いていかれた自分は慌てつつもハム蔵のケージが無闇に揺れないよう気を付けながら美希の後を追っかける。
 うう、生命線を信じたからって100%正解するとは限らないんだった。
 何の疑いも無く美希に付いていったことを反省しつつ、上京1日目は765プロ‐961プロ間のハンデ有りマラソンで幕を閉じた。


 後日、マラソンの時の揺れでストレスを感じたハム蔵が家出した。
 自分が全部、悪かったとは思えない。思いたくなかった。



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