3つの生命線 〜我那覇響のおのぼりさん珍道中〜


「おおお、ハム蔵ー! 元気にしてたかー!?」

 沖縄の那覇空港から約三時間、折角黒井社長がビジネスクラスを用意してくれたのに機内ではとても窮屈な思いだった。
 なんでかって、この羽田空港に着くまで自分はハム蔵のことで頭がいっぱいだったから。
 だって貨物室って荷物部屋のことなんだよね!?
 ふとした弾みで荷物が倒れてきてケージが壊れちゃうとか考えられなくもないんだぞ!
 そうじゃなくても他所のペットさんもいるんだ。
 犬に吠えられて怖い思いをするとか猫に睨まれて怖い思いをするとか象に踏まれそうになって怖い思いを――
 さすがに象はいないか。
 とにかく、自分の手から離れて誰かに預けるのがそれだけ怖かったかってこと。

「もう大丈夫だからな、自分が一緒にいてやるからな。
 そうだ、ひまわりの種食べるか? 食べるよな、ほら」

 言うが早いか行動が早いか、先に受け取っていたボストンバッグからひまわりの種を出しハム蔵のケージに入れる。
 するとエサ箱に全て入りきる前にハム蔵は立派な歯と小さくて可愛い前足を器用に使って種を割って食べ始めていた。
 一応エサは入れといたんだけどやっぱりお腹減ってたんだなぁ。

「まあ心配事はあったけど我那覇響、無事に東京上陸完了!」

 少し声を出しすぎような気がしたけど自分よりも賑やかな外国人観光客などの喧騒に紛れる。
 それが東京の懐の深さでもあるような気がして気分が昂ぶった。
 兄貴に啖呵切って飛び出してきたんだからもう戻れない。
 絶対トップアイドルになってやる。
 なーに、自分はカンペキだからなんくるないさー!



「え、えーと、まずどこに行けば良いんだ?」

 いきなり躓いた。
 東京ってなんでこんなに電車が多いんだよー!
 京急線とか京成線とか言われても全然分かんないぞ!?
 なんで後から来た人は何のためらいも無く切符を買って目的のホームに向かっていけるのだろう。
 正直言って尊敬する。
 沖縄では最近出来たモノレールしか電車らしいものが無かったし、自分はそれにさえ乗ったことは無い。
 だから自分は電車について全くの素人だ。
 と、とりあえず黒井社長から改札でピッとするカードは貰ってるし空港から離れるため適当に電車へ乗れば何とか……

「ちょっとあなた、券売機の前で何でうろちょろしてるのかしら」
「へ? あ、ごめん。
 じゃなかった、ふ、ふんっ。別にお前の助けなんかいらないんだからな!」

 いけないいけない、黒井社長に「961プロ以外の人間とは口を聞くな」って言われてるんだった。
 それがトップアイドルへの近道なんだ。黒井社長の言うことは絶対間違ってないんだ。
 何より、自分に声を掛けてきた女の子は笑顔を浮かべた表情とは裏腹に目が敵意剥き出しだし。

「は? 何言ってんの? 切符買わないならそこ邪魔だからどけって言ってるだけなんだけど」

 な、なんだよコイツ。ちょっとムカつくぞ。
 やっぱり自分の直感は当たってなかった。
 ピンクのワンピースなんか着て可憐なお嬢様を演じてるつもりかもしれないけど自分の目は誤魔化せない。
 コイツは間違いなく黒井社長が言ってた「東京にはたくさんいる小悪魔女」だ!

「そんで無視するわけ? まあ、あたしも忙しいから構ってやる時間なんて全くないけど」
「だったらとっととあっち行け! しっしっ」
「アンタ子供みたいに分かりやすいわね……
 それとここで悩むくらいならとりあえず山手線辺りまで出たほうが良いわよ、田舎者のおのぼりさん」
「ぬ、ぬーがとー! ターガ田舎者やっさークヌ高飛車いなぐー!」

 逆上した弾みでつい沖縄の言葉が出てしまう。
 ちなみに『な、なんだとー! 誰が田舎者だこの高飛車女ー!』って意味だからな。
 目の前にいるコイツには絶対教えてやんないけど。

「何言ってるか分からないけど高飛車って所だけは聞き取れたわ……
 誰が高飛車よアンタの方こそ人が折角親切にしてやったのに何様のつもりよもう信じられない!」
「ゆみんちゃさんデコ助!」
「デ、デコ助ですってぇ……!」

 お、自分が沖縄弁(うるさいデコ助)でしゃべってるのに意味が理解出来てるみたいだぞ?
 コイツ、結構やるな。
 こうなったら最後までやってやる。
 沖縄の海に鍛えられたちゅらさんの力を甘くみるなよー!
 この時、自分からは周りの人達が野次馬になってた事とか駅員さんが仲裁に入ろうかと様子を窺っていたことを全く忘れてしまっていた。

「あーはいはい、ちょっと待った」

 双方とも引っ込みが付かなくなって、本気で喧嘩する3秒前くらいまで盛り上がっていたところ自分達の間に入ってくる男が一人。

「な、何よ」
「ぬやが!?」

 勢いで噛み付いてみたものの、落ち着いてとなだめられて今の状況に気付く。
 やばっ、あのまま飛び掛ってたら鉄道警察の皆さんも捕まってたかもしれない。
 この人が仲裁してくれなかったら危なかったなー、ありがとう。

「一人で勝手に行くなって言ったのに聞かないから厄介ごとに巻き込まれるんだぞ」

 と思ったところで、やっぱりコイツもムカつく人だと思った。
 だって、自分に背中を向けてるから。
 今回の喧嘩はどっちにも非があったのに、まるでデコ助のことを庇ってるみたい。

「うっさいわねー。あたしのせいじゃないわよ」
「もしそうだったとしてもこんなことが無いようにちゃんと側にいて欲しい。
 もしものことが無いようにちゃんと守るのが俺の仕事なんだから」
「わ、分かったわよ」

 まるで子供に言い聞かせるように、仲裁に入った男の人は視線を落としてデコ助と話をしている。
 なんだ、この二人知り合いだったのか。
 どおりでデコ助を優先するわけだ。
 そういえば兄貴もいつも自分の味方になってくれてたな。
 啖呵を切ってきたとは言っても嫌いになったわけでは無いからちょっと懐かくなった。
 それにしても仲良さそうだなー。
 961プロには「プロデューサー」っていないみたいだけど、いたらこんな感じなのかな……
 でも、そんなこと考えてちゃじゃダメだ!
 王者を目指すものは常に孤独でなくちゃならないって黒井社長が言ってたし、自分もそれは間違っていないって思うから。

「すいません、ウチの子がちょっかいかけてしまったみたいで」
「ふ、ふん! 自分は全然気にして無いからそっちも気にしないでいいよ」
「そうですか、それなら良いのですが」

 何か他人行儀だなぁ。って実際他人だった。
 目の前で二人の信頼を見せ付けられていたので少し気分が悪かった。

「ところで、あなたは沖縄から上京してきた人ですよね?」
「そうだけど、なんで分かったんだ?」
「何を喋ってるかよく分からないあの言葉でピーンと来たんですけど。
 ハイサイ! だったっけ」
「それは『こんにちは』って意味だぞ」
「へー。何か元気が出る言葉だよね」
「南国人の明るさが溢れている言葉だからな!」

 この人、結構話が分かるじゃないか。
 沖縄弁のことは黒井社長にだって褒められたこと無いのに。
 ってそうじゃないって! いつの間にかこの人の喋り方がフレンドリーになってるじゃん!

「どうかした?」

 微妙に離れていた二人の距離を詰めて自分の顔を覗き込んでくる。
 それが迷子になっていた自分を助けに来てくれた昔の兄貴と重なった。
 ダメ、振り払わないと。
 東京に来て早々、トップアイドルになるために最初の試練が与えられた気がした。

「甘いぞ! そうして甘い言葉を掛けて誘拐するつもりなんだろ、この変態め!」
「え!?」

 変態の言葉で周囲にいた人達の視線が集中する。
 やば、こんな所で注目浴びちゃダメじゃん。
 自分が有名になるのは地元紙の社会面じゃなくてステージの上でなんだから。
 などとここまでの騒ぎにしといて今更になって何を考えてるんだって話だけど。

「そんじゃばいばーい! 行くぞハム蔵!」
「ちょ、ちょっと! いきなり人に変態とか言っといて逃げないでくれよ!」

 何か言っているのが聞こえたけど気にしちゃいけない。
 さっきの一言でまた人が集まり始めてたからここを離れないといけない。
 それに、これ以上あの人と関わってたら黒井社長の言いつけが守れなくなっちゃいそうだから。

「あたしはアンタが変態であるかについては否定しないわよ」
「さり気なくひどい言い草だな。それにしてもあの子結構……」
「何か言った?」
「いやいやなんでも」

 おい、変態って叫び声が聞こえてから来てみたのに叫んだ子がいなくなったぞ。
 よく分からないけどあの人がセクハラしそうに無いし言いがかりか何かだったのかしら?
 それにしもあの子可愛かったなぁ。
 確かに変態に狙われても仕方ないくらいだよ。
 お前何言ってるんだよ、仕方ないも何も可愛い女の子を狙う奴は須らく人類共通の敵だろ。
 それよりも変態って叫ばれた可哀相な人の近くにいる子も結構可愛いぞ。
 うおーマジじゃん! アイドルでもやってんのかなー。

 黒井社長から貰っておいた電子カードで改札を通り、脇目も振らずホームまで駆け抜け、発車間近の電車に駆け込み乗車をする。
 改札前では騒動が起こっていそうだったけど自分が知ったことではない。
 あの人がどうなったって、一人でトップを目指すためには他人への気遣いをしていちゃダメなんだから。 
 ―――頭ではそう思っているのに。
 やっぱりあの人のことが心配だと思うのはトップになる自覚が足りないからか。
 沖縄にいた時だと考えられない満員電車の中で押し潰されそうになりながら、終着駅にたどり着くまでそんなことばかり考えていた。

生命線一つ目へ

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