3つの生命線 〜我那覇響のおのぼりさん珍道中〜



「ハム蔵、暑く無かったかー?」

 ちょっとぐったりしてしまっているハム蔵を気遣って空調の効いた禁煙の休憩室で一休み。
 幸いなことに中に人もいなかったので自分も少しだらしなくソファーにもたれかかる。
 照りつける太陽の暑さとは違う、人込みによる熱気は自分もちょっと参っていたから丁度いい。
 電車はどこまで乗れば良いか分からなかったので、結局は不本意ながらデコ助の言うとおり終点まで乗ることにした。
 その結果として到着した駅は本当に『東京』って感じの所で、人や電車の行き来がすごくて本当に忙しい街という印象だ。
 自分はこの街でトップアイドルを目指すんだ。
 道行く人達が自分の歌を口ずさむようになるくらいのトップアイドルに。
 そう思うとまたやる気が沸いてきた。

「よし行くかハム蔵! もう休憩も十分だよな」

 返事は無いけどケージの車輪で遊んでるくらいだから元気を取り戻したんだろう。
 それとも、自分を元気付けたくて頑張ってるのかな。
 そっか、応援してくれてるんだね。
 ハム蔵が応援してくれるならやっていける、なんくるないさー!

「というわけで、961プロってどこにあるんだ?」

 東京にあるでっかい事務所だってことくらいしか知らないんだけど。
 社長にスカウトされた時もアイドルとしての方針ばかりで会社の所在地とか教えてもらわなかった気がする。
 書類や封筒が有ったら住所くらい書いてあるんだろうけど、ポンポンと話が決まっちゃったから貰ったその場で黒井社長に手渡した。
  どうしようかな。というか考えるまでもなくアレを使うしか無かった。

「こんな時こそ頼みの綱、みのさん秘伝の生命線!
 早速『電話』の生命線を使おう」

 確か社長から教えてもらった961プロの同僚の連絡先をアドレス帳に入れといたハズ。
 えと、あ、か、さ、さ、し、四条 貴音。あったこれだ。
 あれ、そういえば頭の番号が090とか080じゃないな。
 貴音って携帯持って無いのかな。

「ハイサイ貴音! 同期の響だけど覚えてる?」

 そんなことを思っているうちに貴音と電話が繋がった。
 貴音とは沖縄で初めて合わせして以来会って無かったけど自分の事覚えてるかな。

「おや、その声は我那覇響殿でございませんか。ごきげんよう」
「響で良いよー。自分達武士じゃないんだし」
「これは礼儀を守るための丁寧語であって決して武士の真似事をしているわけではないのですが」

 だからって丁寧すぎると思うんだけどなー。
 貴音の声って澄んでてよく通る上にこの口調だから初対面の時はちょっと緊張しちゃったんだぞ。
 一度面識を持ってるし受話器越しだから今はそれほど威圧感は感じないけど。

「だったら尚更いらないよ。自分達は同じProject Fairlyのメンバーなんだから」

 同時に対等なライバルな訳だし。
 殿なんて呼ばれてたら自分の方が上みたいじゃん。
 そりゃあ自分のほうがすごいって自信はあるけど、戦わずに負けを認められているみたいで気分が良くない。
 貴音だって自分と張り合えるくらいすごいって、初めて会った時から分かったから彼女にも自分と対等であることを認めてほしかった。

「はあ、それでは響。一体どういった用件があって電話を掛けてきたのでしょう。
 私はこれより仕事に向かわねばならないので手短に願いたいのですが」

 携帯じゃないと思っていた電話番号はうどうやら貴音の実家だったらしい。
 受話器の後ろから急かすような声が聞こえてくるし今から仕事に向かうのかもしれない。
 すでに活動を開始している彼女の邪魔するのも悪いし用件だけさっさと伝えてしまおう。
 みのさんの生命線にだって制限時間あるしね。

「ごめんごめん。品川って駅にいるんだけど961プロってどの電車に乗ったら行ける?」
「存じ上げません」

 迷いの無い一言だった。
 話題が逸れるよりは制限時間の節約になるから良いんだけど……
 これじゃ何も分からない。

「え、えーと。貴音、自分達にはそんな冗談で時間潰してる暇ないよな?」
「そうなのですが、真に残念ながら本当に知らないのです。
 じいやがいつも車で送り迎えしてくれますので私には電車というものには全く縁が無いのです」

 住んでる所に電車が無いから乗る機会が無かった自分と違って、貴音は本当に乗ったことが無いのか。
 そういえば初顔合わせの時も世間から離れたぶっ飛んだ言動をしてたっけ。
 そっかー、本当の箱入りだったら仕方ないなー。

「でもヒントくらい分かるよね、一応東京在住なんだからさ」

 だからって引き下がってたまるか。
 これを逃したらあとは完全に運任せの『2分の1』と961プロのアイドルなら絶対やっちゃいけない『そこの人に聞く』しか残ってない。
 ここで何かを掴んでおかないと。

「そうですね。確か事務所がテレビ局の近くだからプロモーションに有利だと黒井殿がおっしゃっていたような」
「おお、それは大きなヒントだぞ貴音!」
「私が存じ上げているのは本当にこれだけです。あまり力添え出来ず申し訳ありません」
「十分だって、忙しいのにわざわざありがとう!」

 テレビ局みたいに大きな建物だったら○○テレビ前みたいとか駅の案内板に書いてあるはず。
 そこを虱潰しに当たっていけばその内961プロっぽい建物が見つかる、と思う。
 よーし、とにかくこれで(961プロ関係者以外には)誰にも頼らずに事務所にたどり着けるぞ!

「少しでも力になれたのであれば幸いです、それではご武運を」
「ありがとう、貴音も仕事頑張るんだぞ」

 これ以上の馴れ合いは必要ないと、どちらからともかく電話を切る。
 貴音は一足先に活動を開始してるんだ、自分だって負ける訳にはいかないぞー。


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