3つの生命線 〜我那覇響のおのぼりさん珍道中〜


 彼女から得た情報を元にまずはTV局の所在地がどこにあるか調べてみることにした。
 駅の売店で東京の観光マップみたいな一枚の大開きの地図を買って、さっきまでいた休憩室で地図を広げて探索を開始する。
 今回は人の良さそうなサラリーマンのおじさんがいて声を掛けられたけど、『目的地を自分で探すのも旅の目的』だって言ったら何を察したのかは知らないけど盛大に応援してくれた。
 ロマンとか夢がどうとか言っていた気がするけど……
 それはこれから自分が見せてあげるものだ。
 とにかく、さすがに地図を広げていると注目を集めるので椅子に座って地図とにらめっこすることにした。

「よし、大体の場所は分かった。どっちに行こうかハム蔵」

 返事はしてくれないとは分かっているけど一応確認を取っておく。
 分かったことは東京の大きなTV局はここから東京湾の方へ出るか山手線って路線を北上した所にあるということ。
 図らずとも二つ目の生命線「2分の1」を使う時が来たようだ。

「ん〜、地図に観光にお勧め! って書いてるくらいだからやっぱりこっちかな」
「そうね〜、ここはロマンチックでデートスポットとしてもオススメよ〜」
「そっか〜、黒井社長は派手好きだからこういう場所が良いかもしれないな」
「まぁ、社長さんって呼ばれる人とデートだなんて大人の恋をしているのね」
「しゃ、社長は恩人で恋人じゃないよ! ってあんたいつからいたんだ?」

 自然に独り言に相槌を打たれていたものだから気が付かなかった。
 いつの間にか自分の隣に座っていた人は自分より少しだけ年上に見える女の人だった。

「ハム蔵ちゃんがおトイレをした時からいたわよー」
「んがっ! そういえばちょっと臭いと思ったらいつの間に!
 ごめんね、ちょっと掃除するから」

 このまま放っておくとハム蔵の健康にも良くないし、匂いで周りの人達にも迷惑をかけるからな。
 ボストンバッグの中からゴミ袋と替えのトイレ砂の袋を取り出す。 
 ついでに床材の交換も考えたけど、待機させておくスペースも無いし時間も掛かるから今回は止めにしておいた。
 集中して周囲への配慮を忘れていたことを恥ずかしく思いながら、ひとまず探索を中断してトイレ砂の交換を始める。

「それなら私に任せてちょうだい。
 あなたはその間にこれからどこに行きたいのか決めておけば良いから」

 それは心からの善意から出た言葉だって分かった。
 自分も考える時間が欲しくもあったし。

「ありがとう、でも他人がケージに触るとハム蔵が興奮するかもしれないから自分でやるよ」

 でも、それを受け入れるわけにはいかなかった。

「あ……。ごめんなさいね、ハムスターちゃんがとってもデリケートだってことを忘れていたわ」
「分かってくれてたら良いんだよ。本当にありがとね」

 一言断りを入れただけで引き下がってくれるのは本当にありがたい。
 ハムスターは愛玩動物だって思ってる人が多いけど、実は結構繊細で触られるだけでもストレスを感じちゃう動物なんだ。
 だから何気ない善意で世話をしようとしてくれる人に断りを入れるときは結構骨が折れる。
 といっても、ウチのハム蔵は本当にハムスターなのかってくらい他の人に懐きやすいんだけど。

「それにしても。ちゃんとトイレ砂の所でしてるんだからとってもお行儀の良い子なのね」
「そうなんだよ! 普通のハムスターだったらその辺でしちゃうことも多いんだけどハム蔵は偉いんだぞ!
 ていうかお姉さん詳しいね」
「私も犬を飼っているからペットに対しての知識は結構あるのよ〜」

 えっへんと言いながら胸を張るポーズを見せてくるお姉さん。
 その仕草はとても子供みたいだったんだけど、張った胸がとても大人サイズでアンバランスさが少しおかしかった。

「犬か! 犬も良いよね! 自分もハム蔵が新しい家に慣れたら飼ってみようと思ってるんだ」
「犬は素直な子が多いから私からもオススメするわよ。
 でも寂しがりやさんも多いからハム蔵ちゃんとどっちかを贔屓しないようにね」
「言われなくても分かってるって」

 今飼ってるハム蔵もこれから増えるかもしれない新しいペットもみんな家族なんだから。

「よし、お掃除完了。そんなわけで自分はそろそろ行くよ」

 ハム蔵の行儀が良いこともあって話をしているうちに作業は終了した。
 行き先を考える時間は無かったけどこのお姉さんも言っていたことだし湾岸ルートへ行ってみよう。

「そう、社長さんとの情熱的な恋をちゃんと頑張るのよー」
「だから恋人じゃないって!」

 犬を飼う上でのアドバイスをくれたり天然ボケな面を見せたりとよく分からない人だったな。
 そんなことを思いつつ再び休憩室を後にする。
 お姉さんがどうするつもりなのか気になって振り返ってみると男の人としゃべってるみたいだった。

「これからデートなのはお姉さんの方じゃん」

 自分にはそんな余裕は無いのでその分を楽しんでもらう事にしてその場から立ち去った。
 ……あ、そういえば「あんまり人を話をするな」って言いつけ忘れてたー!
 ぐあーヘコむー!


「こんな所にいたんですか、また迷ったのかと思って探しましたよ」
「うふふ、ちょっと迷子の女の子に道案内をしてたんですよー」
「え、それはちょっと不安だな。無事に辿り着けたら良いんだけど」
「うぅ、ひどいです〜」

最後の生命線へ

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