武月ヶ丘の女神様 第二号

「臨時記事を掲載したい、ですか」
「そ。学園祭までの間で良いからちょっとだけスペース貸してもらえないかな」
「それは構いませんが……その学園祭でこれから忙しくなってくるのでは?」
「いーのいーの。学園祭の広報活動みたいなもんだから」
「分かりました。皆川さんには次号からこちらのスペースを担当してもらいます」
「ありがとう。来年の部費がアップしそうな位の良い記事を書いてみせるから任せとけ」
「ふふ、素人が頑張ったところで俺達に勝てるはずもないですけどね」
「言ってくれるねー。あ、その代わり俺が書いてることはなるべく伏せといてね。
 匿名のゴーストライターって何か面白そうだし」
「匿名ってバレたらゴーストライターじゃないですよ……」

 よし、仕込みも順調。
 新聞部部長(同級生)に不安げな表情で見送られながら、巧は意気揚々とした表情で新聞部の部室を後にする。
 手に入れた情報を広める手段を手に入れ、また一歩非現実な現象が現実味を帯びてきた。
 彼が今回企んでいる非現実は神を呼び出すこと。
 それも、自分が一番会いたい神様。
 つまり、100%私用だ。

「よぉ皆川、今日もご機嫌だなぁ」
「学園祭の企画で良いのが一つ浮かんだんだよ、同級生A」
「それは良かったなー。あと名前で呼んでくれよ」
「じゃあやらなきゃならないことがあるから帰るわ、明日も元気でな同級生A」
「皆川こそなー。あと名前」

 とある同級生の名前なんてどうでも良い。
 それほど今回のことには気合が入っている。
 これが成功すれば色んなことが動き出しそうな気がするから。

「さて、女神様はどんな神託を授けてくれるのやら」
「名前……」

 学園祭はまだ遠くとも、巧はすでに学園祭がもたらす結果を思い描いていた。



「ちょっと新聞部、ここ開けなさーい!」
「開けたらどうなるんですかー!」
「生徒会の強権を駆使して尋問及び家宅捜索を執行します」
「任意同行は適応されないんですか」
「ここに署名入りの現物があるんだから現行犯逮捕よ」
「表現の自由の冒涜だー!」
「こんなの公序良俗違反よー!」

 時は過ぎて一ヶ月、皆川巧の書いた臨時記事が昼休みの掲示板を飾った昼休み。
 新聞部の部室では扉を挟んで、学内における表現の自由と公序良俗の代表が戦っていた。
 記事を見た生徒会長が昼休みの内に特攻をかけてきたわけである。

「なつきー、一応新聞は回収してきたけどどうすんの? ってこれは……」
「あ、神楽先輩。たった今バトルが始まったところみたいですよ」
「あちゃー、これは話しかけても無駄っぽいわねぇ」
「会長頑張ってー!」
「こらそこ煽るな!」

 本部に強襲を掛けた会長に代わり、学内中に貼られていた新聞の回収など事態の収拾に努めていた生徒会役員一同が一斉に集まってくる。
 自制が出来るようになったとはいえ、いまだ直情的な判断も多い現会長の尻拭いは現生徒会役員のライフワークになっていた。

「それにしてもなっちゃん会長は相変わらずの行動力ですね。カッコイイっす」
「あれに憧れられたら来期の子が苦労するからアンタはもうちょっと大人しくしてね」

 とはいえ、問題があればすぐに駆けつけてくれる先輩として頼りにしている者が多いのも現実だ。
 前会長の守永ゆかりカリスマ性と統率力で憧れられる存在なら、現会長の綾瀬奈都希は親しみやすさと行動力で憧れられる存在と言える。
 勉強だけの進学校から脱却した武月ヶ丘学園にとっては、前会長より適した生徒会長なのだろう。
 もっとも、距離が近すぎてなっちゃん会長と呼ばれたりと威厳に欠ける所もあるが。

「えー、そんなこと言われても俺は守永先輩より綾瀬会長がタイプなんですけど」
「あんたの好みの話はしてないんだけど。
 それとタイプがどっちであっても実らないから諦めた方が良いわよ」
「今更誰に乗り換えても無駄なんですけどね。あの人のニュートン伝説が崩れない内は」
「このまま卒業まで言ったらあいつの最後の伝説は『純潔を守った朴念仁』になるわね」
「それ面白いですけど学内の健全な恋愛活動が阻害されるのでやめて欲しいです」

 そして、学年の違う二人が共通の話題として話す事が出来る皆川巧はある意味なっちゃん会長より人気者だ。
 多くの女子からは先輩への憧れともしかしたら自分にもチャンスがあると狙う恋愛感情で。
 多くの男子からは先輩への憧れともし自分の意中の女子が彼に惚れたらと恐れる危機感で。 
 
「あれ? もう新聞の回収終わってたんだ」

 奈都希が悔しそうに戻ってくる様子を見つけて、近くにいた男子役員はそそくさとどこかに行ってしまう。
 アイツはアタックする気概すら奪っているのかと、神楽は純潔の朴念仁に改めて呆れた。

「奈都希が新聞部部長を強引マイウェイ理論で論破する様を見ながら談笑する余裕があったわよ」
「結局大事な情報は吐かなかったみたいだけどね」
「そっか、最近は部長達がしぶとくなったもんねぇ」
「学園にとっては良いことかもしれないけど、生徒会長としては複雑な気分だわ」

 部室の窓は擦りガラスなので様子は分からないが、表現の自由の勝利などと聞こえてくることから秘密を守った勝利を実感している頃なのだろう。
 この光景もまた、学校の習慣と理事長の強権を前に消極的だった前年度まででは見られない光景だった。

「上手くいかないことが良いことって、奈都希ちゃんってMなのかな」
「ん? 何か言ったグリ」
「ううん何でもないよー」
「そう、なら良いけど」

 細かいことを気にしない奈都希はそのまま引き上げていく。
 これ以上暴れないならもう心配はないと他の役員達も後に続く。
 突っかかってきてくれた方が面白いのにと思いながら、榎本めぐるも後を続こうとした。
 しかし、その後ろから神楽富美が指で背中を突いてきた。

「ちょっとめぐる、あの新聞について確認したいことがあるんだけど」
「……やっぱり神楽ちゃんも同じこと考えてたんだね」

 耳打ちした神楽の言葉にめぐるは何かを感づいたらしい。
 同じように小さな声で神楽の耳元で話しかけた。

「そりゃそうよー。あの記事見た時ビックリしたんだから」
「やっぱり、アレのことだよね」
「アレだよねー。やっぱりアレ見間違いじゃなかったんだって」
「ねぇ神楽ちゃん、ちょっとあの記事に興味あるよね」
「奈都希には悪いけど真相は知りたいわね」
「ちょっとグリグラ。そんなところいないで早く生徒会室に帰るわよー」
「はいはーい。今行くわよ」
「奈都希ちゃん待ってー」

 立ち止まって話し合っていた二人に気付いた奈都希が呼び寄せてくる。
 この話はどうやらここまでにしておくべきと判断しためぐると神楽は彼女に声を掛けることにした。

「ともかく、今後の続報に期待するとしますか」
「検閲から守る代わりに真っ先に記事を見せてもらう契約とかしてこよっかな」
「そういう裏取引は冗談でも言わないように。
 正義の化身である前会長と現会長が鉄槌を下しに来るわよ」
「はーい」

 と言った騒動があったものの、人の口に戸は立てられない。
 むしろ生徒会長が直々に動いたと言う事で話題になり、本来あまり人目に止らない学内新聞に注目が集まってしまった。
 そのため、通常の学校での出来事を記事にして掲示板に貼りだされる一般号とは別に、秘密裏に配られる号外として学園内で出回り話題を集めることになる。
 綾瀬奈都希の行動力が仇になった結果とも言えるが、状況を上手く利用した新聞部の戦略も見事なものだ。

「ふぅ、大体こんなところかな」

 深咲涼はメモ帳を閉じ筆記用具を片付け、視線を外に移しぼんやりと眺める。
 ファーストフード店の二階から見下ろす夕暮れの駅前には、時折見知った顔の私服姿も見かける。
 大学の帰りなのかなと、同い年の先輩に対してありきたりな推測をしてみる。
 でも本当の所は分からないし確認も出来ないので考えることはやめにした。
 彼女にとって彼女達はそれだけ遠い存在になってしまった。

「みさきち、なーに黄昏てんのさー?」
「え、あははごめんごめん。みんなが選ぶの待ってたらつい人間観察に熱中しちゃって」

 何しろ今の同級生は通り過ぎていく同い年の彼女達ではなく、こうして声を掛けてくれる年下の彼女達なのだから。

「涼ちゃんってそういうこと多いよね。ミステリアスっていうか一人の世界を持ってるっていうか」
「こらこら明日菜、だらだらメニュー選んでたあたしらに代わって席を取っといてくれたみさきちにナルシストとか言ってやらない」
「そ、そんなこと思ってないよ」
「そうそう、むしろナルシストと言い出した水鳥こそそう思ってるんじゃないかと」
「ちょっとー、折角フォローしてやったのにその言い方はないでしょーよ」
「フォローするつもりならもっと上手く言ってよねー」

 他愛の無い雑談をしながら涼は水鳥と呼ばれている彼女からドーナツが乗せられた皿を受け取る。
 メニューはカスタードクリーム。
 クリームが口元につくことがある汚れやすいメニューではあるが、そう言った事を気にしないで良いくらい二人とは仲が良いということでもある。

「それにしてもさ、最近のみさきちは人格変わったように明るくなったよね。なんかあった?」
「私は今の涼ちゃんが普通で、今までは自分を押さえ込んでいたんだと思うけど」
「おおっ、さすが明日菜は鋭いね。ナルシー言ってくれた水鳥とは大違い」
「まだ引っ張るかそれ!」

 3人の関係は学園祭頃からだが、当時の涼は人を遠ざける対応は変わらないままだった。
 自分を出して前のようにならないか迷っていたのだが、周りからは水鳥の言うとおり自分の世界に浸るナルシストだと思われていたのかもしれない。
 普通なら積極的に友達にはなりたくない存在だったのだろう。

「まあ、暗い顔してると悲しむ人と明るい顔をしてると喜んでくれる人がいるから。
 自分に嘘付くの止めようと思ったのはそんな簡単な理由」

 でも、そんな頃から二人とは友達だった。
 去年の卒業式での放送ジャックで奇しくも全校生徒に一浪バレしてしまっても今までどおり接してくれた。
 学園祭実行委員以外で出来た大事な友達、だから理由くらいは話しておこうと思った。

「そっかー。みさきちも恋する乙女になったわけだね」
「というわけで涼ちゃんの恋バナが始まるんだね。わくわく」
「え、ちょっと。なんでそこまで話が飛躍するの!?
 違うわよ、これはゆかりのことなんだから!」

 しかし、会話はあらぬ方向へ向かってしまい涼は大いに動揺してしまった。

「守永先輩は「暗い顔してると悲しむ人」の方だよねー」
「みさきちがその笑顔でメロメロにしたいのは誰なの? ねぇ誰なのー?」
「もーなんでそんな話になるのよー。ここはシリアスな場面でしょー」
「恋バナの前にそんなことは関係ないよ」
「話した方が楽になるから言っちゃいなよー」

 これはもう完全にスイッチ入っちゃったなと、涼は熱を上げてる彼女達を見て対応に困った。
 このままはぐらかし続けても良いけれど、いっそ話してしまっても良いかもしれない。
 彼女達に相談を持ちかけることで動き出すかもしれない。
 いや、動き出さなければいけない。
 彼も私ももう三年生、そろそろ恋のナンプレの完成のために外枠の数字を埋めないといけないから。

「もしかしたら分かってるかもしれないけどさ」

 年下に恋の相談なんて少し情けないとは思いつつも、『下級生』に共闘戦線を持ちかけた先輩もいることだし別に構わないかなと開き直って打ち明けることにしたのだった。

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第三号





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